bookshelf 忍者ブログ
本はごはん。
[17]  [18]  [19]  [20]  [21]  [22]  [23]  [24]  [25]  [26]  [27
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

60063b40.jpg  アメリカで100人以上を殺した殺人犯の独白形式のドキュメンタリー。

 この死刑囚の信任を得た作家が、1年以上刑務所に通い詰め完成した
 ものですが、殺人犯も自分の口で本当のことを語り残しておきたいという
 欲求があったようで、そのあたりがうまく一致したのでしょう。

 とにかく、文字を追うだけでも目を背けたくなるような残忍な虐待を
 繰り返し(それがたとえ幼児であろうと、また親類であろうと)、
 挙げ句の果てに殺してしまっています。

 更にそれらの行為に対する後悔の念、改悛の情もなければ、被害者に
 対する憐憫も同情も、ましてや反省などと言う感情とは一切無縁のようです。

 そういった過激な残虐性、他者に対する共感性の著しい欠如、などを考えると、
 やはり、コリン・ウィルソンが序文で、そして死刑囚の元に1年以上通い続けた作家が付記で
 述べているように、幼少時にうけていた虐待体験も併せて殺人犯が何らかの脳の器質的障害を
 負っていたのではないか、と思います。

 アメリカに於ける司法、刑務所の腐敗や警察捜査能力の低さなどについても辛辣に述べられて
 いますが、実際この死刑囚はもっとも監視が強力である死刑囚監房で殺人を犯していますから、
 まったく説得力があるというか。

 しかし日本と違うのは「司法取引」。例えば罪を軽くしてもらう変わりに殺人を認めるとか、
 全てを告白する変わりに死刑から無期懲役に求刑を軽くしてもらう、とかです。
 これによって、「無罪なのに無期懲役になった」仲間というのがでてきます。

 殺人犯の友人であったため共謀を疑われ、「自分は殺人を犯していない」といくら言っても
 信用してもらえず、挙げ句の果てに「このまま、否認したまま裁判になれば、まず死刑だ」と
 脅かされ、「いま殺人を認めれば無期懲役で済む」などと言われて殺人を認めてしまう。

 なるほど、「司法取引」はこういう使い方をされるケースもあるのか、と。
 たしかに「正しい」使い方をされれば司法取引も意義のあるものなのかもしれませんが、
 こういうウラの顔もあるのだということがよくわかりました。


死刑囚ピーウィーの告白―猟奇殺人犯が語る究極の真実」 ドナルド ギャスキンズ ほか ★★★★
PR
01347053.jpg  映画「おくりびと」がアカデミー賞を獲ったそうで。
 その「おくりびと」の世界観の元となった本です。

 「納棺師」という仕事を通して感じたことが綴られていますが、さすが
 元詩人、透明度の高い独特のリズムを持つ文章です。

 納棺師の仕事そのもの、というよりも、その仕事にまつわる感情や心象、
 そして著者の宗教観が語られています。

 その宗教観についてどうのこうの言えるほど私は詳しくはないのですが、
 ただ、宗教的結論と科学的結論が究極のところ一緒であるということには
 「ほぅ」と思うと同時に「やっぱり」とも思ったのでありました。

 「悟りとは死を受け入れることではなく、どんな時でも平気で生きていることである」
 という正岡子規の言葉には、深く考えさせられてしまいます。
 と言うことはわたしも、生から死を切り離して考えていたということなんでしょう。


納棺夫日記」 青木 新門 ★★★
32175019.jpg  ホラーですね。
 ホラーものって滅多に読まないのであまり意識したことがなかったんですが、
 筆力がいりますね。まあ一歩踏み外せば奇想天外な世界ですから当然かも
 しれませんが。

 短編集なんですが、好き嫌いが分かれるかもしれませんね。
 最後の短編なんか特にミステリぽい雰囲気もあって悪くないと思います。

 どの短編にも同じ名前の別人(女性)が出てくるのも著者の仕掛けのひとつ
 でしょう。

 悪くないと思います。
 でも個人的に、気持ち悪いのはちょっと苦手なんです。


眼球綺譚」 綾辻 行人 ★★★
74228.jpg  短編集ですが、思っていたよりも面白かったです。

 1作目の男性心理の描き込みが良くできているように思います。
 実際、こういうひと、いるし。

 11作の短編が収められていますが、当たり外れの幅が殆どなく、
 全体的に安定した印象を受けます。
 日常の延長線上で展開されるストーリィはしっかりした心理描写に
 支えられ、単なるサスペンスに終わっていないという感じ。

 短編ではありますがいろいろ詰め込まれていたり、
 先が読めてしまうものもあるものの、
 最後に「あ、そっち?」みたいな作品もあって、なかなか楽しめました。
 

悪女の秘密」 新津 きよみ ★★★
276280-2.gif  世の中が部室的に豊かになるにつれ、「死」というものは日常から
 切り離されてしまった、ということを良く聴きます。

 かれこれ30年くらい前、地方に住む祖父母は自宅で死を迎えましたが、
 今は殆どの人が病院で死を迎えるようだし私もきっとそうなんでしょう。

 しかしまあ、まだ平均寿命まで結構あることもあって、自分の死とか
 自分のお葬式なんてまったく想像が付きません。
 そんなにお葬式にもたくさん出席しているわけでもないし、
 「どんな葬式がしたいか」と言われても、まったく…。

 この本には、いろんな人のいろんなお葬式スタイルが紹介されているので、
 そのなかで「ああこれはちょっと自分には合わないなぁ」とか
 「こんな感じなのがいいなぁ」とか、様々なケースを参考にしながら組み立てるのがいいのかも
 しれません。

 しかし、(生前葬を除き)自分の葬式は自分で仕切れませんからねぇ。
 生前契約しておいたとしても、「ああ、そこはちょっとそうじゃなくて…」なんて
 だめ出ししたり、修正したりできるわけじゃないですし。

 そもそもお葬式というのは、残された人のためにあるものだと思っているので、派手派手しすぎない
 範囲で好きにやってくれればいいよと思っています。(本音はお葬式やんなくていいよと思っている
 けど、そういうわけにもいかないかもしれないから)。

 ああ希望を言うとすると、白い菊じゃなくて、白いバラかもしくはカサブランカ(どちらか安い方
 で良いです)オンリーがいいです。

 あと、愛用のアクセサリーはしていきたいんですが、最近釜が傷むとかで、棺のなかにあんまり
 いろいろ入れさせてもらえないって聴いたなぁ。

 それにしても。
 思った以上にエンバーミングは流行っている(?)というか、利用する人が多いみたいだ、
 と思いました。
 
 しかしやっぱりピンとこないなぁ。


死出の門松―こんな葬式がしたかった 」 高橋 繁行 ★★★
03011600.jpg  タイトルには「小説」とついていますが、どうみてもノンフィクションだと
 思うので、そちらのカテゴリーに入れておきます。

 地下鉄サリン事件の実行犯のひとり、元外科医の林郁夫の裁判傍聴記が
 中心です。サリン事件を「(取調中に)自首」したことにより、実行犯の中で
 唯一、死刑を免れています。

 いわゆる「マインドコントロール」下にある人を取り戻すのは大変なことで、
 ある宗教に帰依してしまった娘を取り戻すのに、父親のジャーナリストは
 相当な苦労をしたのも有名な話です。

 林は教祖の呪縛をひとりで解けたのは何故なんだろう。
 留置されて教団と切り離され自分で考える時間ができたからなのか、それで
 前々から見ないふりをしてきた矛盾と向き合わざるを得なかったのか。
 本人が言っているとおり「被害者の立場に…」というのはちょっとキレイすぎる
 ようにも思うのですが、そういうことも影響したのかもしれません。

 しかしどうも、すべての宗教がそうだというわけではないですが、少なくともこの教団に関しては、
 信者は「逃げ」てきているのではないかと。

 自分の頭で考えることを止め、ひたすら信じ崇拝し、言われたことだけをやればいい。
 それはある種の逃げであると思うけれど、そこに安住できればそれはそれである種の幸せなのかも
 しれません。

 しかし。
 辛いことを乗り越えようとじたばたとあがくことも、
 答えの出ることのない問いを自らに問い続けることも、
 試練であるけれどもそれは同時に、権利でもあるのではないか。
 とも思ったりもするのです。


慟哭―小説・林郁夫裁判」 佐木 隆三 ★★★★
32200139.jpg  最近「新型うつ病」とかいう言葉を見かけるようになって
 なんだそれはと検索してみると、定義を見る限りそれって「擬態うつ病」では
 ないのかと思っていたのですが、その「擬態うつ病」の著者の最新作です。

 「新型うつ病」は「うつ病」にあらず、ときっぱり言い切っています。

 自己愛が満たされない=「自分の思い通りにならない」とむくれて、
 他罰的=「すべては親、もしくは職場、社会環境その他が悪い」と他人の
 せいにし、
 逃避=「仕事を放り出してだらだらすごし」たり、現実を受け入れない。

 それを「うつ病」と称しているのは間違いで、これは「未熟なお子様の反応」とも。
 いやー、風当たりも強いだろうにすっぱり言い切っていて潔いです。

 「(擬態)うつ病」になることで、特権階級を手に入れる、という表現まで出てきているということは、
 時折耳にする「うつ病なんだからちやほやされてしかるべきだ」と要求し、やたらめったら行動的な
 (好きなことや休日はとっても元気に活動する)うつ病患者が思っている以上に増えているって
 ことなんでしょう。

 そしてそれは、著者が危惧するように、本当のうつ病患者の治療に悪影響を与える可能性は
 小さくないように思います。

 この本はかなりやさしく、たくさんのケースを例示し、それぞれが「うつ病か否か」を判断し、
 その基準となるところを解説していますので、企業の人事担当者なんかにはとても
 良いのではないかと思います。

 しかし一方で、とりあえず「うつ病」とか「うつ状態」などの診断書を出さざるを得ない
 医療現場の現実もあるわけで、

 うつ病を訴えた従業員に対し、この本を参考に彼はうつ病ではないと判断できたとしても、
 医者からの診断書がある限りどうすることもできない人事担当者のストレスは
 逆に溜まってしまうのかもしれません。
 

それは、うつ病ではありません! 」 林公一 ★★★
32138281.JPG  「裁判官の爆笑お言葉集」の続編が出ていました。
 まったく気がつきませんでした。
 今回はタイトル通り、ちょっとホロリとしてしまうようなお言葉集です。
 
 しかし、ひとこえかける裁判官と、そういうことは不要と思っている(?)
 裁判官と人それぞれのようですね。

 ただ、飲酒運転で前の車に突っ込んで、その車を海に転落させてしまい、
 父親と母親が必死に子供3人を助けようとしている中逃走し、水をたくさん
 飲んで飲酒をごまかそうとした事件の判決が、まったく納得できません。

 何のために危険運転致死傷罪をつくったんだか。せっかく法律を作っても、
 現場が適用にびびってるとしか思えません。

 「だから(民間の処罰感情を反映させるために)裁判員制度を導入したんじゃないか」
 と言うのかもしれませんが、それってどうなの? あんたらプロじゃないんですか?
 と思ってしまうのはあたくしだけでしょうか?

 今回、海外の裁判官のお言葉集が面白かったです。


裁判官の人情お言葉集」 長嶺 超輝 ★★★
9784167714024.jpg  うーん。芥川賞か…うーん。
 ページを開いてまず驚くのはその級数の大きさ(=文字がでかい)。
 まあそれはいいとして…。

 表題にもなっている2品目がいちばんいいかなと思いますが、こういうテーマで
 あれば、もう一歩筆力を期待したいところ。悪くないと思うんですけどねぇ…。

 なんというか、「淡々」ということと「深さ」とか「描き込み」ということは
 決して矛盾せず両立するものだと思うのです。そのあたりをもう一声、是非。

 「日本企業」における「男女同期」というものの関係性、というテーマは
 すごくいいと思うのです。だから尚更。

 期待してます。 
 

沖で待つ」 絲山 秋子 ★★★
202077b.jpg  ほんと「ねこのも」には弱いんです。

 著者はペットシッターの草分け、といっていいんじゃないでしょうか。
 シッター先で出会ったたくさんのねこさんたちのこと、そこから
 感じたこと、学んだことなどが綴られています。

 この著者の良いところは、盲目的な愛猫家ではないというところだと思います。
 (保護運動の名の下に、実は自己満足的な行動でしかないケースも耳にしたり
  するので…)。

 「自立した飼い主のねこは情緒的にも安定している」みたいなことが書いて
 あって、我が身を振り返って、ぐぐぐっと思う。

 たくさん登場するねこたちの様々なエピソードやそれぞれの性格も面白いです。 
 そして、「ねこはねこで留守番を楽しんでいる」という著者の言に、特に旅行の時なんか
 どうしても後ろめたさを拭いきれないあたくしは、ちょっとほっとしたのでありました。


猫、ただいま留守番中」 南里 秀子 ★★★
ISBN978-4-569-70510-1.gif  「無実の人が何故犯罪を自白してしまうのか」「羞恥心(はどこからくるか)」
 などから、自由だと思っている心が実は不自由であり、それはどのような
 社会的構造、心理プログラムからきているか、などについて論じています。

 特に「無実の人が自白」してしまう心理について、それは「嘘をつく」こと
 ではなく「自分に、犯人を演じる自由しか残されていない」という、
 現実的不自由からくるという解説は、なかなかに説得力があると思います。

 人は知ることによって、時間の概念とか神の視点などを得たことによって、
 自由を手にしたと同時に同じだけの不自由も手に入れてしまったという
 ことですが、

 身も蓋もなく言ってしまえば、「知らない幸せ」ということをやっぱり
 考えてしまいます。
 しかし知ったが故の不自由、不安を引き受けていくことが、人間と他の動物
 との違いなんでしょう。

 とても面白かったんですが、講義を書籍化したもののようで話し言葉で綴られており、それはそれで
 読みやすくかつ判りやすいんですが、全体を総合的に纏めて構成されたものも読みたいなぁ。
 

心はなぜ不自由なのか」 浜田 寿美男 ★★★★
32185601.JPG  新潟で当時9歳の少女を誘拐しそれから9年強、監禁し続けた
 事件の裁判を追った記録。

 著者の主観は極力排除されていて、ひたすら裁判を傍聴し、淡々と記録を
 追っています。

 考えさせられるのは、現状の法規範と、処罰感情の折り合いの付け方です。
 逮捕監禁致傷罪での刑は最長10年。それでは少女が監禁されていた期間と
 ほぼ同じ。そりゃーないよねぇ、と思う。

 まあ、もともとそんなに長期間にわたる監禁を想定していなかったのだろ
 うけど(実際、この事件の後に逮捕監禁致傷罪の最長刑は15年に引き上げ
 られたらしい)。
 
 検察は数千円の万引きの前科を引っ張ってきて、そうすると窃盗の最長刑10年の半分、5年の
 刑期を合算できるらしく、合計して15年の求刑。

 心情的には15年でも短いと思う。最低でも少女が監禁されていた期間の倍くらい必要じゃない
 かと思う。
 しかし法規犯では、最長刑は10年。検察が「合算技」を繰り出して15年(求刑)。

 よく言えば柔軟に法解釈して適正刑に落ち着いたと言うことなんでしょうけど、結局コトが
 起きた後にしか対応(法改正)出来ないのは仕方ないんでしょうかね。

 この事件も警察の初動捜査に大きな落ち度があったらしく、その後改善されたという
 ことですが…。


新潟少女監禁事件 密室の3364日」 松田 美智子 ★★★
32153990.JPG  体験談のようですね。
 夫の行動が怪しいので「カマかけたらクロ」つまりは「浮気を白状した」と。

 浮気から離婚までそしてその後と、一通り「別居」や「離婚調停」や
 「親権/監督権」に「月に1度の面会」までさらってありますが、
 正直なところ、もうちょっと突っ込んで書いて欲しかったかも。

 調停なんか数ヶ月にわたるはずですがそのあたりもさらりとだし、夫の
 浮気相手の女性とのことも、どうやら家にまでやってきている気配も感じ
 ながらなんとなくフェードアウトしてしまっているような。

 ま、相手のあることだから難しいところもあるんでしょう。

 しかし思うに、著者はとても辛い体験をしたと思いますが、こうやって「表現」できる
 手段を持つ人は幸せかもしれない。それが「絵」であろうと「文章」であろうと写真でも
 音楽でもなんでもいいから。

 それを「表現」するということは辛い体験を追体験するという更に辛い作業かもしれませんが、
 そうやって消化(昇華?)することによって、人は再生するのかもしれません。
 

カマかけたらクロでした」 うえみあゆみ ★★★
70692601_20090129025957.jpg  全国の看護婦さんから寄せられた体験を元にしているようですが、
 どのエピソードも残された家族の視点から再構成されているようなので
 小説のカテゴリーに入れておきます
 (とても上手く構成されていると思います)。 

 エンゼルメイクとは、亡くなった人を送り出すときに施す(主に)顔、髪の
 ケアのことです。
 生前の顔貌に近づけて送りだすということと、残された親族も一緒に手伝う
 ことにより、その「死」を受け入れるためのひとつのステップにもなって
 いるようです。

 看護婦さんの体験談を元にしているためか、どのケースもとてもリアルに
 感じます。とくに、結婚半年で夫が交通事故で逝ってしまい、知らせを受け
 タクシーで病院に向かう途中、妻が何度も病院に確認の電話をかけてくる
 シーンなどは、思わず胸が詰まります。
 
 エンゼルメイクの大切さ、その行為によって残された家族たちが徐々に死を受け入れるさま
 などが良く描かれていると思いますが、何より強く感じたのは(当たり前のことですが)
 「死」というものの多様性です。

 似たようなケースはあるのかもしれません。が、同じ「死」というものはなく、人の数だけ
 死のパターンもあるということなんでしょう。

 できればあたしは、怖くなくて痛くないのがいいなぁ。


死化粧(エンゼルメイク) 最期の看取り」 小林 光恵 ★★★
9784166606801.jpg  この本のタイトルを見た正直なところは、「また新語か…」でありました。

 言葉というものは不思議なモノで、例えば「多重人格」という症例が一般に
 認知されると多重人格患者が爆発的に発生するみたいなことがあって、その
 そもそもの認知は「言葉」であり「命名」であったりするわけで、なんというか
 こう負を誘発してしまう危険も孕んでいるのではないかと思ったりするのです。
 (「プチ鬱」なんてその最たるモノではないかと)。

 まあそれはいいのですが。
 タイトルにある「アベンジャー」とは、「復讐者」という意味だそうです。
 自分の不運や孤独を家庭や学校や職場や社会といった他者に責任転嫁し、
 秋葉原事件などをはじめとする数々の通り魔大量殺人のような方法で『復讐を遂げる』。

 何故そこにまで至ってしまうのか『環境』『個人』とわけて丁寧に考察されています。

 昨今の「派遣切り」などに代表される労働条件の悪化など、環境の変化ばかりあげつらうのでは
 なく、「共感性、想像力、忍耐力、葛藤処理能力の低下」など、個人が未成熟化してきている
 現状もきちんと指摘されています。

 著者の言う「自己愛型社会」、まったく現代社会はそうだとおもうのですが、それはマズローの
 5段階欲求理論の最高次の「自己実現欲求」の段階に、少なくとも先進国は到達したという
 ことなんでしょう。

 それなのに、それが人間の根本を脅かすような状況を創り出している皮肉な現状は、
 それを資本主義によって手に入れたからなんでしょうか。

 オーストラリアの経済学者、クライブ・ハミルトン氏

 「経済成長神話(=市場経済)は必ずしも人を幸せにしない」

 という説を思い出します。

 彼は、

 「過剰な消費を止めて、家族やコミュニティと関わることにって得られる幸せを求めよう」

 とも言っていますが、この自己愛型社会、本当の愛とか幸せを既に見失い、
 薄っぺらい満足を「消費」することでなんとか不安定な自己を支えている状況
 (著者の言うところの「人間の根幹に関わる部分まで市場経済に支配されている」)
 のなかで、果たして人間は本来の人間を取り戻すことができるのでしょうか。


アベンジャー型犯罪―秋葉原事件は警告する」 岡田 尊司 ★★★★★
bar code.
search.
※ 忍者ブログ ※ [PR]
 ※
Writer 【もなか】  Powered by NinjaBlog