本はごはん。
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大正時代末期、吉原に売られた女性の日記です。
究極のドキュメンタリーですね。
家の貧しさ故に「お酒の相手をすればいいだけ」という言葉を信じ、吉原に
売られてしまいます。そして吉原の、自分が従事しなければならない仕事の
内容を知るごとに、激しい怒りと不安と哀しみと憎しみが彼女を襲います。
とても素直に彼女の感情が綴られているように思います。初見せに上がる
ことを恐怖しながらも、当日、支度を終えた自分に羨望の眼差しを送る
先輩花魁たちに密やかに得意げな気持ちになったり、
初めて客を取ったあとの絶望や、
当初彼女の憎悪は周旋屋に向けられていたのですが、もしかしたら母は
吉原がこういうところだと知っていて売ったのではないかということに
思い至ってしまい、そう思う自分の心を責めたり、
彼女の心の軌跡が丁寧に綴られていると思います。
身売りの際の証文には彼女の借金総額しか記載されておらず、売られた後で借金の返済と必要経費
を引かれたら手元には1割くらいしか残らない契約形態であることを知らされたり、実際には借金を
重ねなければ暮らしていけない仕組みになっていたり、これが今からたった90年前のできごとだと
いうことに驚きます。
貧しさ故に売られたということや当時の時代背景からすると恐らく、著者は小学校しか出ていない
のではないかと考えますが、それにしては文章がしっかりしているなぁというのも正直な感想です。
吉原脱出後、周りの支援者たちが(日記に)手を入れた可能性も考えられますが、もしそうだと
しても、逆境のなかで日記を書き続け、そして売られた女として吉原に染まってしまったり、
ずるずると堕落することなく脱出という手段で自分の未来を切り開いた著者の強い意志と想いは、
一切損なわれていないと思うのであります。
「吉原花魁日記 光明に芽ぐむ日」 森 光子 ★★★★
究極のドキュメンタリーですね。
家の貧しさ故に「お酒の相手をすればいいだけ」という言葉を信じ、吉原に
売られてしまいます。そして吉原の、自分が従事しなければならない仕事の
内容を知るごとに、激しい怒りと不安と哀しみと憎しみが彼女を襲います。
とても素直に彼女の感情が綴られているように思います。初見せに上がる
ことを恐怖しながらも、当日、支度を終えた自分に羨望の眼差しを送る
先輩花魁たちに密やかに得意げな気持ちになったり、
初めて客を取ったあとの絶望や、
当初彼女の憎悪は周旋屋に向けられていたのですが、もしかしたら母は
吉原がこういうところだと知っていて売ったのではないかということに
思い至ってしまい、そう思う自分の心を責めたり、
彼女の心の軌跡が丁寧に綴られていると思います。
身売りの際の証文には彼女の借金総額しか記載されておらず、売られた後で借金の返済と必要経費
を引かれたら手元には1割くらいしか残らない契約形態であることを知らされたり、実際には借金を
重ねなければ暮らしていけない仕組みになっていたり、これが今からたった90年前のできごとだと
いうことに驚きます。
貧しさ故に売られたということや当時の時代背景からすると恐らく、著者は小学校しか出ていない
のではないかと考えますが、それにしては文章がしっかりしているなぁというのも正直な感想です。
吉原脱出後、周りの支援者たちが(日記に)手を入れた可能性も考えられますが、もしそうだと
しても、逆境のなかで日記を書き続け、そして売られた女として吉原に染まってしまったり、
ずるずると堕落することなく脱出という手段で自分の未来を切り開いた著者の強い意志と想いは、
一切損なわれていないと思うのであります。
「吉原花魁日記 光明に芽ぐむ日」 森 光子 ★★★★
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小さな島で、それこそなんでも筒抜けになってしまうような、限定された
とても濃い人間関係のなかに夫と共に暮らす主人公の、秘めた恋、
というより強い情念の物語。
夫にも毎日の生活にも島の暮らしにも不満なものはなく。それでもどうしても
惹かれていく自分を止められない主人公。
妻の様子になにかを感じ、不安に思いながらもひたすら妻を見つめる夫。
恐らく何かを渇望して漂流する男。
情交シーンはおろか、キスすることもなく男は去るのだけれど、ここまで
官能的な空気を濃密に漂わせることができるのは著者ならでは。
相変わらず美しい文章と、心理描写も巧み。夫に対する心理なんてもうすごいとしか
言いようがない。
こういう作品って恐らく「大人の恋」って表されるのではないかと思うのですが、大人の恋って、
なんだろう。配偶者がいながら配偶者以外の異性に惹かれること?
私は、彼女が初めて男を見たとき「ミシルシ」だと思ってしまった、そのあたりが、良くも悪くも
大人の恋なんじゃないかと思ったりするのですが。
「切羽」とは、トンネルを掘っている最中の最先端箇所だそうで、トンネルが完成すると切羽は
消滅してしまう。タイトルが「切羽にて」ではなく、「切羽へ」であることを考えると、人生とは
常にトンネルを掘り続け「切羽」にあり続けることなのかもしれない。なんてことを考えました。
「切羽へ」 井上 荒野 ★★★
とても濃い人間関係のなかに夫と共に暮らす主人公の、秘めた恋、
というより強い情念の物語。
夫にも毎日の生活にも島の暮らしにも不満なものはなく。それでもどうしても
惹かれていく自分を止められない主人公。
妻の様子になにかを感じ、不安に思いながらもひたすら妻を見つめる夫。
恐らく何かを渇望して漂流する男。
情交シーンはおろか、キスすることもなく男は去るのだけれど、ここまで
官能的な空気を濃密に漂わせることができるのは著者ならでは。
相変わらず美しい文章と、心理描写も巧み。夫に対する心理なんてもうすごいとしか
言いようがない。
こういう作品って恐らく「大人の恋」って表されるのではないかと思うのですが、大人の恋って、
なんだろう。配偶者がいながら配偶者以外の異性に惹かれること?
私は、彼女が初めて男を見たとき「ミシルシ」だと思ってしまった、そのあたりが、良くも悪くも
大人の恋なんじゃないかと思ったりするのですが。
「切羽」とは、トンネルを掘っている最中の最先端箇所だそうで、トンネルが完成すると切羽は
消滅してしまう。タイトルが「切羽にて」ではなく、「切羽へ」であることを考えると、人生とは
常にトンネルを掘り続け「切羽」にあり続けることなのかもしれない。なんてことを考えました。
「切羽へ」 井上 荒野 ★★★
ああいったい何年ぶりでしょうか。学生の頃よく読みましたこの著者。
短編集を目にしたのでかーなーり久しぶりに読んでみます。
私がこの作家(の作品)に対して抱くイメージ、無味無色透明な世界で
ありながら同時に、鈴木英人の描くイラストのような色彩感と乾いた
空気感がそのままで、またこれは80年代の作品ということもあって、
なんとも懐かしいです。
アメリカの私立探偵ものの連作短編集ですが、この私立探偵が21歳という
設定自体、この著者でしかありえないと思います。そして事件を解決する
と言うよりも、淡々とストーリーテリングする傍観者でしかない。
「心温まる」とか「友情」とか「成長」とか、そんな言葉とも一切無縁。
これこそが片岡ワールドだと思う。
2編目の「旅男たちの唄」が最高に面白い。ある事象が、受け止める人によって悲劇にもなれば
喜劇にもなるということを、こんなにさらりと表現しているのはあまりないように思う。
「ミス・リグビーの幸福 ―蒼空と孤独の短篇」 片岡 義男 ★★★
短編集を目にしたのでかーなーり久しぶりに読んでみます。
私がこの作家(の作品)に対して抱くイメージ、無味無色透明な世界で
ありながら同時に、鈴木英人の描くイラストのような色彩感と乾いた
空気感がそのままで、またこれは80年代の作品ということもあって、
なんとも懐かしいです。
アメリカの私立探偵ものの連作短編集ですが、この私立探偵が21歳という
設定自体、この著者でしかありえないと思います。そして事件を解決する
と言うよりも、淡々とストーリーテリングする傍観者でしかない。
「心温まる」とか「友情」とか「成長」とか、そんな言葉とも一切無縁。
これこそが片岡ワールドだと思う。
2編目の「旅男たちの唄」が最高に面白い。ある事象が、受け止める人によって悲劇にもなれば
喜劇にもなるということを、こんなにさらりと表現しているのはあまりないように思う。
「ミス・リグビーの幸福 ―蒼空と孤独の短篇」 片岡 義男 ★★★
女性視点での小説ですが、以前読んだ同じ女性視点の
「私という運命について」よりも、ぐんと良くなっているように思います。
美しく仕事の才能にも恵まれた主人公が、ふたりの男の間で揺れ動く
わけですが、この「ふたりの男の間で揺れ動く」のは表面的な話であって、
実は彼女が自己肯定を掴むまでの話なのではないかと思うのです。
「モデルだって女優にだってなれた」と啖呵をきれるほどの彼女は
現実離れした小説ならではの存在と思いがちですが、実際のところ、
彼女の周りにいる人たちのように、表面だけしか見ない人は多いわけで。
まあそんな人は相手にしなければいいとは思うものの、社会生活を営む
以上、避けて通れない時だってあるわけです。
上っ面の、良いところしか見ずに、心に巣くう孤独や寂しさを理解するどころか、見ようとも
しない人たちばかり。そんなひとたちがしたり顔で言うセリフにうんざりしながら、自分の
存在価値を自分で認められない辛さ。
それとは対照的に、わかりやすい闇を背負った男。このふたりが、いかに自己肯定を獲得するか、
というのがテーマだと思いました。
しかしハッピーエンドはちょっと意外でした。でもまあ、バッドエンドだとよくある話に
なっちゃうかな。あと、結構野心的な構成のように感じました。
「心に龍をちりばめて」 白石 一文 ★★★
「私という運命について」よりも、ぐんと良くなっているように思います。
美しく仕事の才能にも恵まれた主人公が、ふたりの男の間で揺れ動く
わけですが、この「ふたりの男の間で揺れ動く」のは表面的な話であって、
実は彼女が自己肯定を掴むまでの話なのではないかと思うのです。
「モデルだって女優にだってなれた」と啖呵をきれるほどの彼女は
現実離れした小説ならではの存在と思いがちですが、実際のところ、
彼女の周りにいる人たちのように、表面だけしか見ない人は多いわけで。
まあそんな人は相手にしなければいいとは思うものの、社会生活を営む
以上、避けて通れない時だってあるわけです。
上っ面の、良いところしか見ずに、心に巣くう孤独や寂しさを理解するどころか、見ようとも
しない人たちばかり。そんなひとたちがしたり顔で言うセリフにうんざりしながら、自分の
存在価値を自分で認められない辛さ。
それとは対照的に、わかりやすい闇を背負った男。このふたりが、いかに自己肯定を獲得するか、
というのがテーマだと思いました。
しかしハッピーエンドはちょっと意外でした。でもまあ、バッドエンドだとよくある話に
なっちゃうかな。あと、結構野心的な構成のように感じました。
「心に龍をちりばめて」 白石 一文 ★★★
「君の名残を」がとても良い作品であったので、他の作品もと思って
手に取ったのが本書であります。
正直、あまり期待していなかったのであります。が。
姉と妹。いつの間にか開いてしまった心の距離。上手く言えない葛藤。
時にそれは、自分自身への苛立ちを相手に転嫁してしまったものである
ことに薄々気付きながらも、どうにも縮められない距離。
いくつかの死を乗り越え、姉妹という関係を再生していくというものです。
はっきり言って、地味なストーリィです。特に「君の名残を」の
あとに読むにはかなり地味なストーリィです。
しかしこれがきっちり読ませる。
それは、基本的には姉の視点で進むストーリィに、妹の(ラジオの)DJ を
定期的に挟むことによって、妹側の想いをかいま見せつつ全体にリズム感を
出す構成と、そして何より、文章の巧みさ、によるものだと思う。
本当にこの著者の文章の巧みさは特筆ものだと思う。著者買いリストに入れてもいいかも。
「北緯四十三度の神話」 浅倉 卓弥 ★★★
手に取ったのが本書であります。
正直、あまり期待していなかったのであります。が。
姉と妹。いつの間にか開いてしまった心の距離。上手く言えない葛藤。
時にそれは、自分自身への苛立ちを相手に転嫁してしまったものである
ことに薄々気付きながらも、どうにも縮められない距離。
いくつかの死を乗り越え、姉妹という関係を再生していくというものです。
はっきり言って、地味なストーリィです。特に「君の名残を」の
あとに読むにはかなり地味なストーリィです。
しかしこれがきっちり読ませる。
それは、基本的には姉の視点で進むストーリィに、妹の(ラジオの)DJ を
定期的に挟むことによって、妹側の想いをかいま見せつつ全体にリズム感を
出す構成と、そして何より、文章の巧みさ、によるものだと思う。
本当にこの著者の文章の巧みさは特筆ものだと思う。著者買いリストに入れてもいいかも。
「北緯四十三度の神話」 浅倉 卓弥 ★★★
「ハスビーン」って何だろうと思ったら、「has been」だったんですね。
「ああ見えて彼女、昔は○○だったらしいよ」みたいな。
なかなか上手いタイトルだと思います。
子供の時から努力を続け、東大から一流企業のキャリアへ、そして弁護士と
結婚と、所謂「勝ち組」のはずなのに、仕事を辞めて専業主婦となった彼女の
憂鬱は晴れないのであります。
このあとはネタバレを含みますので未読の方はご注意いただきたいのですが、
結局それは彼女が「逃げ」で結婚してしまったから。夫に押し切られた形には
なっているものの、初めて経験した仕事での「挫折」を、
彼女なりに消化せずに「働く」ことを辞めてしまったからではないかと思う。
それはやがて自分が疑いなく持っていた「勉強と仕事は裏切らない」という
価値観自体を揺るがし、彼女自身も揺るがしていきます。
読んでて痛ましいというか、はっきり言って痛いなぁとおもうのは、我が身にも覚えがあるからに
他ならず。特に、必要以上に攻撃的になって正論で出口のないところまでとことん追い詰めちゃう
ところなんか。
「has been」で終わるのか、新しい「wii be」を見つけて目指すのか。
新しい wii be は人によって、子供だったり新しい仕事だったりまたは、昔遠ざけてしまった趣味
だったりと様々なのだろうと思いますが、一度こういう生き方をしてしまった人は、やはり
新しい何かを見つけてまた歩き出すのだろうと、そう思うのでありました。
「憂鬱なハスビーン」 朝比奈 あすか ★★★
「ああ見えて彼女、昔は○○だったらしいよ」みたいな。
なかなか上手いタイトルだと思います。
子供の時から努力を続け、東大から一流企業のキャリアへ、そして弁護士と
結婚と、所謂「勝ち組」のはずなのに、仕事を辞めて専業主婦となった彼女の
憂鬱は晴れないのであります。
このあとはネタバレを含みますので未読の方はご注意いただきたいのですが、
結局それは彼女が「逃げ」で結婚してしまったから。夫に押し切られた形には
なっているものの、初めて経験した仕事での「挫折」を、
彼女なりに消化せずに「働く」ことを辞めてしまったからではないかと思う。
それはやがて自分が疑いなく持っていた「勉強と仕事は裏切らない」という
価値観自体を揺るがし、彼女自身も揺るがしていきます。
読んでて痛ましいというか、はっきり言って痛いなぁとおもうのは、我が身にも覚えがあるからに
他ならず。特に、必要以上に攻撃的になって正論で出口のないところまでとことん追い詰めちゃう
ところなんか。
「has been」で終わるのか、新しい「wii be」を見つけて目指すのか。
新しい wii be は人によって、子供だったり新しい仕事だったりまたは、昔遠ざけてしまった趣味
だったりと様々なのだろうと思いますが、一度こういう生き方をしてしまった人は、やはり
新しい何かを見つけてまた歩き出すのだろうと、そう思うのでありました。
「憂鬱なハスビーン」 朝比奈 あすか ★★★
この本に収録されている木曾義仲の短編が読みたくて古本を
探したのですが、他の短編も面白いです。もう15年前の作品のようですが、
ちょっとシニカルな、大人の言葉遊びといった感じ。
木曾義仲物の短編は、あの長い物語をコンパクトかつコミカルに、その
エッセンスをうまく纏めてあるように思います。きっとこんな感じだったん
だろうなと思わせる。
他の短編も身近な「ああ、あるよねこういうこと」というテーマを、鋭い
目線で切り取ってユーモアで包んで表現しており、ああ大人だな、と思う。
ただ、愛知県に住んだこともなければ知人もおらず、全く土地勘もないため、
「愛知妖怪辞典」の魅力を存分に味わえなかったのは残念であります。
「バールのようなもの」 清水 義範 ★★★★
探したのですが、他の短編も面白いです。もう15年前の作品のようですが、
ちょっとシニカルな、大人の言葉遊びといった感じ。
木曾義仲物の短編は、あの長い物語をコンパクトかつコミカルに、その
エッセンスをうまく纏めてあるように思います。きっとこんな感じだったん
だろうなと思わせる。
他の短編も身近な「ああ、あるよねこういうこと」というテーマを、鋭い
目線で切り取ってユーモアで包んで表現しており、ああ大人だな、と思う。
ただ、愛知県に住んだこともなければ知人もおらず、全く土地勘もないため、
「愛知妖怪辞典」の魅力を存分に味わえなかったのは残念であります。
「バールのようなもの」 清水 義範 ★★★★
この著者も初めてですが、うーむ。
連作短編集ですが、全編を通して「音楽」がテーマになっています。
最初の短編、なかなかいいなぁと思って読み進めましたが、最後に(読者に
対して)そこまでストレートに明示しなくても、せっかく連作であるの
だから他の短編を通して彼女の素性を透かして見せてもよかったのでは、
と思うのです。そもそも「きっとそうなんじゃなかしら」と思って読んで
いたところにあまりにもストレートに明かされるものだからちょっと
鼻白んでしまったというか。
ほかの短編も、悪くはないんですがもうちょっと深みが欲しいと思って
しまうのであります。全体的にちょっと都合が良いようにも感じるし…。
何というか最近流行りのハートウォーミングってやつなんでしょうかね。
決して悪くはないと思うのですが、個人的な好みとして、静かな中にも「どすん」とか
「がつん」とか迫る物を求めてしまうのであります。
「うたうひと」 小路 幸也 ★★★
連作短編集ですが、全編を通して「音楽」がテーマになっています。
最初の短編、なかなかいいなぁと思って読み進めましたが、最後に(読者に
対して)そこまでストレートに明示しなくても、せっかく連作であるの
だから他の短編を通して彼女の素性を透かして見せてもよかったのでは、
と思うのです。そもそも「きっとそうなんじゃなかしら」と思って読んで
いたところにあまりにもストレートに明かされるものだからちょっと
鼻白んでしまったというか。
ほかの短編も、悪くはないんですがもうちょっと深みが欲しいと思って
しまうのであります。全体的にちょっと都合が良いようにも感じるし…。
何というか最近流行りのハートウォーミングってやつなんでしょうかね。
決して悪くはないと思うのですが、個人的な好みとして、静かな中にも「どすん」とか
「がつん」とか迫る物を求めてしまうのであります。
「うたうひと」 小路 幸也 ★★★
この作家の作品は初めて読みましたが、とても文章が上手い作家ですね。
真っ当で読みやすい文章というのは、実は結構難しいものであると思う。
探偵物の連作ですが、タイトルにもあるとおりそういう組織の方々と
密接に関係しながら、いろんな事件…というよりトラブルに巻き込まれて
いきます。
この探偵が決してカッコイイわけではないところが魅力のひとつ。
そしてこの探偵をとりまく人たちの人物描写がよくできていて、例えば
最初の話では単なる嫌なヤツだった刑事の全く違う一面を、続く話の
なかで無理のない構成で展開していたり、人間の多面性みたいなものが
上手く現れています。
どの短編も結末はもちろん、パターンも全く違っていてとても楽しめます。
1点だけ挙げるとしたら、主人公である探偵の背景や原点心理みたいなものを、チラ見せでも
いいから出して欲しかったかも。
でもエンターテインメント小説としてかなり上質な作品だと思います。
「恋する組長」 笹本 稜平 ★★★
真っ当で読みやすい文章というのは、実は結構難しいものであると思う。
探偵物の連作ですが、タイトルにもあるとおりそういう組織の方々と
密接に関係しながら、いろんな事件…というよりトラブルに巻き込まれて
いきます。
この探偵が決してカッコイイわけではないところが魅力のひとつ。
そしてこの探偵をとりまく人たちの人物描写がよくできていて、例えば
最初の話では単なる嫌なヤツだった刑事の全く違う一面を、続く話の
なかで無理のない構成で展開していたり、人間の多面性みたいなものが
上手く現れています。
どの短編も結末はもちろん、パターンも全く違っていてとても楽しめます。
1点だけ挙げるとしたら、主人公である探偵の背景や原点心理みたいなものを、チラ見せでも
いいから出して欲しかったかも。
でもエンターテインメント小説としてかなり上質な作品だと思います。
「恋する組長」 笹本 稜平 ★★★
吉原の最後を見届けた、松葉屋という茶屋の女主人による吉原回想録です。
幼少の頃から茶屋の跡継ぎとして吉原で育てられた著者の目に映った、
大正の終わりから吉原の灯が消えるまでの姿を、柔らかな語り口で回想
しています。
吉原というと江戸時代の絢爛豪華さ(しかしそれはほの暗さや寄る辺ない
哀しみに裏打ちされたものであるのだけれども)が真っ先に思い浮かび
ますが、昭和に入ってからの戦中戦後、そして法律改正などの激動の
時代を中心に語られています。
売春防止法が施行され、昔ながらの吉原が消えソープランド街となって
からも松葉屋は料亭として、花魁ショーを取り入れたりしながら頑張って
いたようですが、芸者さんや幇間さんたちの高齢化、後継者不在には
とうとう勝てなかったようです。
もう、歌舞伎や文学の中でしか触れる事が出来なくなってしまったんですね。
300年続いた文化をきっちりと締めくくるために現れた人のように感じるのは私だけでしょうか。
凜として背筋が通っていて、そして粋。これを格好いいと言わずして何と言うのか。
「吉原はこんな所でございました 廓の女たちの昭和史」 福田 利子 ★★★
幼少の頃から茶屋の跡継ぎとして吉原で育てられた著者の目に映った、
大正の終わりから吉原の灯が消えるまでの姿を、柔らかな語り口で回想
しています。
吉原というと江戸時代の絢爛豪華さ(しかしそれはほの暗さや寄る辺ない
哀しみに裏打ちされたものであるのだけれども)が真っ先に思い浮かび
ますが、昭和に入ってからの戦中戦後、そして法律改正などの激動の
時代を中心に語られています。
売春防止法が施行され、昔ながらの吉原が消えソープランド街となって
からも松葉屋は料亭として、花魁ショーを取り入れたりしながら頑張って
いたようですが、芸者さんや幇間さんたちの高齢化、後継者不在には
とうとう勝てなかったようです。
もう、歌舞伎や文学の中でしか触れる事が出来なくなってしまったんですね。
300年続いた文化をきっちりと締めくくるために現れた人のように感じるのは私だけでしょうか。
凜として背筋が通っていて、そして粋。これを格好いいと言わずして何と言うのか。
「吉原はこんな所でございました 廓の女たちの昭和史」 福田 利子 ★★★
現代の中学生男女、そして小学生の男の子が、源平の時代に飛ば
されてしまい、巴御前と武蔵坊弁慶、そして北条義時として生きて
いくことになるタイムトラベルものです。
史実の隙間を見事な想像力と構成で埋めていきます。安徳帝が女性
だったりなど大胆な設定も結構ありますが、どれも無理なく繋げて
いるところは見事。
また、タイムトラベルした3人のうちのひとりが「北条義時」という
マニアックな選択にもしびれます。
「史実の隙間」という言い方をしましたが、それが本当に矛盾なく、ああ、そういうことだった
可能性もあるのではないか、とまで思わせる完成度の高さ。しかしまあ歴史物には特に重箱の隅
をつつく人もいるので、好みの別れるところなのかもしれません。
テーマは「時」と「想い」でしょうか。
「運命に逆らう事は出来ない」、言い方を変えれば「ひとにはそれぞれの役割がある」。
それらを変える事、時を止める事は出来ないけれどしかし、それ(運命/役割)に「想い」を
のせることは出来る。その「想いをのせる」ということこそ、「生きる/生きた」ということ
なのだ、という感じかな。
以下ちょっとネタバレですが。
ともえと武蔵の最後の別離の際(これ以前の義仲の最期の時と同様)ともえには武蔵に義仲が
重なって見えたということ、これこそが「時にのせた想い」なのかなと、そんな風に思うので
ありました。
「君の名残を(上)」「君の名残を(下)」 浅倉 卓弥 ★★★★★
されてしまい、巴御前と武蔵坊弁慶、そして北条義時として生きて
いくことになるタイムトラベルものです。
史実の隙間を見事な想像力と構成で埋めていきます。安徳帝が女性
だったりなど大胆な設定も結構ありますが、どれも無理なく繋げて
いるところは見事。
また、タイムトラベルした3人のうちのひとりが「北条義時」という
マニアックな選択にもしびれます。
「史実の隙間」という言い方をしましたが、それが本当に矛盾なく、ああ、そういうことだった
可能性もあるのではないか、とまで思わせる完成度の高さ。しかしまあ歴史物には特に重箱の隅
をつつく人もいるので、好みの別れるところなのかもしれません。
テーマは「時」と「想い」でしょうか。
「運命に逆らう事は出来ない」、言い方を変えれば「ひとにはそれぞれの役割がある」。
それらを変える事、時を止める事は出来ないけれどしかし、それ(運命/役割)に「想い」を
のせることは出来る。その「想いをのせる」ということこそ、「生きる/生きた」ということ
なのだ、という感じかな。
以下ちょっとネタバレですが。
ともえと武蔵の最後の別離の際(これ以前の義仲の最期の時と同様)ともえには武蔵に義仲が
重なって見えたということ、これこそが「時にのせた想い」なのかなと、そんな風に思うので
ありました。
「君の名残を(上)」「君の名残を(下)」 浅倉 卓弥 ★★★★★
尊厳死がテーマですね。
難しいテーマに正面から挑んでいるのはとてもいいですね。
ミステリ仕立て、なのかな。
婚約者がある日突然事故で植物状態となり、家族や婚約者が、尊厳死を巡って
苦悩し、そして…。というものですが。
日頃から、万が一そういう事態に遭遇した場合について家族もしくは近しい人と
話しておく事はとても大切なのだと、これを読むと思うのですが、一方で、人の
心なんて当然変わるわけだし、なにより平時に想像するのと、実際にそういう
非常事態に直面した時とでは考えが180度ひっくり返るなんてことも
あるんじゃないかと。そう考えるとほんと難しいですね。
尊厳死を語るという事は同時に「生」を語るという事だとおもうのですが、
そのあたりがちょっと物足りないかなぁ。
そして何より。ぶつ切れの文章、貧弱でリアルさを感じられない感情表現、強引すぎる展開、
極端な感情暴走などが、ちょっとなぁ。
コンセプトとストーリィだけで突っ走ってしまったように見受けます。とくに、このような
事態に直面した際の感情表現の貧弱さが返す返すも惜しい。ストーリーテラー、もしくは
問題提起としては良いけど、残念ながら「文学」のレベルには至っていないように感じます。
勿体ないなぁ。
「無言の旅人」 仙川 環 ★★★
難しいテーマに正面から挑んでいるのはとてもいいですね。
ミステリ仕立て、なのかな。
婚約者がある日突然事故で植物状態となり、家族や婚約者が、尊厳死を巡って
苦悩し、そして…。というものですが。
日頃から、万が一そういう事態に遭遇した場合について家族もしくは近しい人と
話しておく事はとても大切なのだと、これを読むと思うのですが、一方で、人の
心なんて当然変わるわけだし、なにより平時に想像するのと、実際にそういう
非常事態に直面した時とでは考えが180度ひっくり返るなんてことも
あるんじゃないかと。そう考えるとほんと難しいですね。
尊厳死を語るという事は同時に「生」を語るという事だとおもうのですが、
そのあたりがちょっと物足りないかなぁ。
そして何より。ぶつ切れの文章、貧弱でリアルさを感じられない感情表現、強引すぎる展開、
極端な感情暴走などが、ちょっとなぁ。
コンセプトとストーリィだけで突っ走ってしまったように見受けます。とくに、このような
事態に直面した際の感情表現の貧弱さが返す返すも惜しい。ストーリーテラー、もしくは
問題提起としては良いけど、残念ながら「文学」のレベルには至っていないように感じます。
勿体ないなぁ。
「無言の旅人」 仙川 環 ★★★
引退した夫婦とその老親、引きこもったまま30になってしまった息子とで
暮らしていたところへ、夫が失業してしまった長女夫妻とその子ども、
離婚してしかし妊娠中で帰ってきた次女、と、いきなり大家族になって
しまった一家の、それぞれの目線で語る連作です。
30にもなった息子に引きこもりを続けさせ、長女の夫には事業の危機の
度に資金援助したあげくに破産した長女一家も、離婚した次女も
引き受けてくれるなんて、なんて便利な親なんだろう。帰るところ、
居続けられるところを一方的に与えられているなんて、いいなぁ。
引きこもりとか学校でのいじめとか、現代の環境を取り込んではいるものの、
なんというか「ノリ」が、昭和のノリのように感じるのですが…。
それにちょっと、いろいろと都合良く行き過ぎなんじゃないかしら。
更に、わざとそうした表現をしているのだと思うけれど、それでもやっぱり気になる文体が
数カ所。
家族連作物としては、「厭世フレーバー」のほうが数段上かな。
次、期待してます。
「平成大家族」 中島 京子 ★★★
暮らしていたところへ、夫が失業してしまった長女夫妻とその子ども、
離婚してしかし妊娠中で帰ってきた次女、と、いきなり大家族になって
しまった一家の、それぞれの目線で語る連作です。
30にもなった息子に引きこもりを続けさせ、長女の夫には事業の危機の
度に資金援助したあげくに破産した長女一家も、離婚した次女も
引き受けてくれるなんて、なんて便利な親なんだろう。帰るところ、
居続けられるところを一方的に与えられているなんて、いいなぁ。
引きこもりとか学校でのいじめとか、現代の環境を取り込んではいるものの、
なんというか「ノリ」が、昭和のノリのように感じるのですが…。
それにちょっと、いろいろと都合良く行き過ぎなんじゃないかしら。
更に、わざとそうした表現をしているのだと思うけれど、それでもやっぱり気になる文体が
数カ所。
家族連作物としては、「厭世フレーバー」のほうが数段上かな。
次、期待してます。
「平成大家族」 中島 京子 ★★★
連作短編集です。相変わらず美しい日本語。
特にこの作家は冒頭、書き出しの一文が常に洗練されているように思う。
戦前から戦後にかけてが舞台ですが、女性の背負う哀しみとそれ故の強さ、
みたいなものを強く感じます。
親に芸妓として売られたり、実家が没落して妾にならざるを得なかったり、
一方で何不自由ない家に生まれながらも、求める物を手にする事が
出来なかったり、女性という性であるが故に科せられる制限、そのなかで
必死に手を伸ばす女性たち。
今よりも比較にならないほどの不自由を生きなければならなかったから
こその渇望、なんでしょうか。
1編目、これはこれで良い作品だと思うんですが、この、姉妹(女同士)の確執をメイン・テーマに
据えた物も読んでみたいかも。
「白蝶花」 宮木 あや子 ★★★★
特にこの作家は冒頭、書き出しの一文が常に洗練されているように思う。
戦前から戦後にかけてが舞台ですが、女性の背負う哀しみとそれ故の強さ、
みたいなものを強く感じます。
親に芸妓として売られたり、実家が没落して妾にならざるを得なかったり、
一方で何不自由ない家に生まれながらも、求める物を手にする事が
出来なかったり、女性という性であるが故に科せられる制限、そのなかで
必死に手を伸ばす女性たち。
今よりも比較にならないほどの不自由を生きなければならなかったから
こその渇望、なんでしょうか。
1編目、これはこれで良い作品だと思うんですが、この、姉妹(女同士)の確執をメイン・テーマに
据えた物も読んでみたいかも。
「白蝶花」 宮木 あや子 ★★★★
母親についてのエッセイですかね。
解説が内田春菊。なんて豪華な組み合わせ。
母娘の関係はもちろんそれぞれに違うのであろうけれども、面倒な関係の
根本じゃないかと思う。
母に対する、小さい時の想い、大人になってからの想い、母が呆けて
からの想い。
それらがまったくストレートにざくざくとテンポ良く綴られていきます。
冒頭は母親から受けた仕打ちが続くのですが、やがて母親の良いところも
きちんと掬い上げられていき、この著者の客観性の強さに驚かされます。
普通は、書けないんじゃないか。
嫌いなのに憎みきれない。嫌いなのに老人ホームに入れた事に対する罪悪感を拭いきれない。
おそらく解決する事のないであろう葛藤。見なかった事、気がつかなかったふりをするのでは
なく、正面から自分の心を見つめる強さ。
そして、著者の母親に対する複雑な思いが現れているかのような構成。
計算して、というより恐らく、自然とこういう構成になったように感じるのは文章もつ力と
スピード感のせいなのだろうか。
更に、相変わらずの絶妙な日本語。意志を持つ文章。
さて非常に個人的なことであるのだけれど、私は幼少期の記憶がほとんど無い。
病気とか、虐待の後遺症とか、そういうことでは一切無くて、地縁血縁いずれも薄く、さらに
自分の過去に殆ど興味を持たない私は、中学生くらいまでの記憶がかなり曖昧だ。
はっきり言って殆ど憶えてない。小学校の同窓会なんて言われたらもうお手上げだ。顔も名前も、
誰一人覚えていない。先生なんて言わずもがな。
それでも両親が離婚する間際の壮絶な夫婦喧嘩だけは憶えていたりするのだが、私も著者のように
年をとったら思い出すのだろうか?
そして更に年を取ったら今とは全く逆に、最近の記憶を無くして遙か過去の記憶の海に
沈むのだろうか?
「シズコさん」 佐野 洋子 ★★★★
解説が内田春菊。なんて豪華な組み合わせ。
母娘の関係はもちろんそれぞれに違うのであろうけれども、面倒な関係の
根本じゃないかと思う。
母に対する、小さい時の想い、大人になってからの想い、母が呆けて
からの想い。
それらがまったくストレートにざくざくとテンポ良く綴られていきます。
冒頭は母親から受けた仕打ちが続くのですが、やがて母親の良いところも
きちんと掬い上げられていき、この著者の客観性の強さに驚かされます。
普通は、書けないんじゃないか。
嫌いなのに憎みきれない。嫌いなのに老人ホームに入れた事に対する罪悪感を拭いきれない。
おそらく解決する事のないであろう葛藤。見なかった事、気がつかなかったふりをするのでは
なく、正面から自分の心を見つめる強さ。
そして、著者の母親に対する複雑な思いが現れているかのような構成。
計算して、というより恐らく、自然とこういう構成になったように感じるのは文章もつ力と
スピード感のせいなのだろうか。
更に、相変わらずの絶妙な日本語。意志を持つ文章。
さて非常に個人的なことであるのだけれど、私は幼少期の記憶がほとんど無い。
病気とか、虐待の後遺症とか、そういうことでは一切無くて、地縁血縁いずれも薄く、さらに
自分の過去に殆ど興味を持たない私は、中学生くらいまでの記憶がかなり曖昧だ。
はっきり言って殆ど憶えてない。小学校の同窓会なんて言われたらもうお手上げだ。顔も名前も、
誰一人覚えていない。先生なんて言わずもがな。
それでも両親が離婚する間際の壮絶な夫婦喧嘩だけは憶えていたりするのだが、私も著者のように
年をとったら思い出すのだろうか?
そして更に年を取ったら今とは全く逆に、最近の記憶を無くして遙か過去の記憶の海に
沈むのだろうか?
「シズコさん」 佐野 洋子 ★★★★
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