本はごはん。
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14歳で殺人を犯してしまった男がふりかえる自分。
初めは、膨大な取材を積み重ねたルポルタージュを著していくうちに、
ルポルタージュという方法では表現しきれないものが少しずつ著者の
中に溜まっていって、それが「小説」という形で現れたのかと思いましたが。
読み進めるうちにこれは、「著者自身のなかにあるもの」なのだという
ことに気付きました。
14歳の日常の描き方、視線/視点はさすがだなと思います。
全体を貫くピリッとした緊張感は、14歳という年齢のもつ緊張感を
よく表していると思う。
要所要所、そしてラストも曖昧に終わらせているのでいろんな解釈が可能だと思うのだけれど、
「勇敢であること」「父親が読んでいた本」そして「犬のエピソード」。
特に犬のエピソードでさいごに母親が言った言葉がちょっと引っかかる。
全体的に沈鬱なムードで(しかし実際、プライドだけは一人前の14歳の頃って、こんなもん
じゃないでしょうか)、しかもあちこちすっきりしないところが残るので、好みの分かれる
ところかもしれません。
「血の味」 沢木 耕太郎 ★★★★
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現在と過去とを行き来しながら描かれています。
この樹の前で命を落としたひと、待ち続けた人、様々なんですが、
どれだけ時が移ろっても、愛する人を失う哀しみとか、生きなければ
ならない辛さとか、自分の境遇を呪うことしかできない苦しみとか、
そういったことは普遍のものであるのだなぁ、と。
どれだけ科学が進歩しても、どれだけ世の中が便利になっても、やっぱり
人間は、同じ感情世界を生きているのでしょう。
なかなか面白い連作短編集で、特に過去とシンクロして進んでいく
ストーリィはとても良いんですが、もう一声お願いしたい。
「千年樹」 荻原 浩 ★★★
なのだと思います。
転校していった先の小学校では、仲良くなった近所の子たちは実は差別されて
いて、自分はどちらに付くのか迫られ、ついには自分もいじめられる側に
なってしまうのだけれども、それに向かって立ち上がります。
いじめというのは昔からあって(質はずいぶん変わってきているようですが)
それに対する大人の対応も、そして「寝た子を起こさない」という言い回しで
差別を初めとする面倒なことは「見なかったこと」にする大人の「逃げ」も、
この本を読みながら自分の子供時代を思い出しても、ああやっぱりそれに
近しいことはあったなぁと思います。
この本の良いところは「一挙に解決めでたしめでたし」ではないところ。
そう、日常はそう劇的には変わらない。
どうせ変わらないのだから何もしないのか、そのなかでも何かを成すのか。
それだけの違いが実は大きな違いなのだと思います。
濃厚に立ち上がってくる「昭和の匂い」、いまよりもっと近しかった近隣の人々の「体温」、
そして「正義」という言葉を純粋に抱いていた時期への限りない優しさに満ちた良作である
と思います。
「七夕しぐれ」 熊谷 達也 ★★★
サラ金に借金のある学生が、「一緒に都内を散歩してくれたら100万円」
くれると誘われて、霞ヶ関を目指して歩きます。その道中いろいろ
あるのですが。そもそも彼が借金をしなければならなかった原因とか。
風景描写なんかはとても丁寧で、その風景を通しての心理描写も悪くないし、
巣鴨の(ビル持ち)バーのママとのやり取りは、ラストまで読むと
「なるほど」とおもうような丁寧な伏線が張られていたりする一方、
ちょっと粗いなぁと思う部分もあり。
なんというか。
主人公の若者は、それまで「渇いた世界」というか「色のない世界」を
生きてきて、ラストではじめて自分の足で歩き始めた、つまりは自立の
ストーリィだと思うのですが、
ちょっとエピソード盛り込み過ぎなのかなぁ。薄い膜に閉じこもるのではなく、他者との
関わりの中で感情を揺さぶられたり揺さぶったりしながら果たしていく本当の意味での自立
みたいなものを描きたかったのかなぁとも思うのですが。
こう、著者が抱える「充足感の圧倒的な欠落」みたいなものはあちこちに顔を出しているん
ですが、全体として、小説としてはちょっと弱いかなぁ。なんか勿体ないなぁ。
「転々」 藤田 宜永 ★★★
「八朔の雪」 「花散らしの雨」と続いて、 シリーズも3作目となり、
硬さみたいなものがずいぶん和らいで、こなれてきたように感じます。
日本人が忘れてきている「誠実さ」とか「(良い意味での)愚直さ」
とか「人情」とか、そういったものを思い起こさせてくれます。
その「人情」も(前にも書きましたが)ただ優しいだけの人情では
なくて、厳しさも併せ持ったものとして描かれているのが良いですね。
「料理」というテーマを時代小説の中心に据えた事もとてもいいと
思うのですが、この作品は、続けようと思えばいくらでも続けられる
と思うのです。どうやって終幕へ持っていくのか興味があります。
売れるからって、不必要に引っ張らないで欲しいなぁ(特に編集者)。
本編を無理に引っ張るより、サイドストーリィでの展開とかも面白のではないかと思うのですが。
「想い雲―みをつくし料理帖」 高田 郁 ★★★
50近くになって片や癌を患い、片やうつ病を患う幼なじみ。
良くも悪くもそれなりにいろんな経験を積み上げ、来し方行く末に思いを
馳せる年代なんでしょう。
恐らくこのあたりは賛否の分かれるところなのかもしれませんが、日常の
何気ない会話やディティールからも、「死」や「生」について模索する
姿が描かれており、
つまり大上段に「死とはなんぞや」と哲学的に語り下ろすのではなく、
日常生活の中で感じたり考えたりする、等身大の「死について」描き出さ
れています。
ドラマティックな展開ではなく、むしろ淡々とした日常ですが、その日常に潜む、日常と
隣り合わせの「生」とか「死」、そして「人間」について静かな想いが綴られている良書
だと思います。
『おそらく人間は自らの孤独と向きあわなければ、自身の真価を見出すことが
むずかしい生き物なのだ』。
「永遠のとなり」 白石 一文 ★★★
タイトルや設定の大胆さにつられて読むと、ちょっと肩すかしを食うかも
しれません。
タイトル通り、自分の住む町が隣町と戦争を始め、いつの間にか主人公も
戦争に巻き込まれていくのですが、これが巻き込まれているんだかいないん
だか判らない。つまり、自分も「戦争の当事者」のひとりであるにも
かかわらず、「戦争の実感」が全く感じられない。
「戦争の影響」はある。間違いなくある。しかしそれも、実感できる、
つまりははっきりと認識される影響はごくわずか、それも極個人的なこと
でしか実感されない。
恐らく多くの人は、「これは小説の中の話で、それも、となりの町との戦争
だから実感も自覚も出来ないだけで、本当の戦争は違う」と思うかもしれま
せんが、恐らく著者は、「本当の戦争だってこんなもんだ」ということを言っている。
別章で出てくる「24時間営業のコンビニが林立する中でエコを声高に叫ぶ矛盾」もまったく
同じ構造。
何も自覚も実感も出来なくても、今のこの世に生まれ今のこの世に生きている我々は、誰かの
血と死の上に安穏とした世界を築いているのだということ。
「戦争は、日常と切り離された対極にあるのではなく、日常の延長線上にあるのだ」。
「なぜ戦うのか」と問われた戦闘員が、
「そうしてでも守りたいものがあるからじゃないでしょうか」と答えますが、続けて、
「わたしのそれ(=戦ってまで守りたいもの、守るべきもの)は何だったか、もう忘れて
しまいましたけれど」と。
つまりは、いつの間にか当初の目的は薄れ、戦うこと、殺し合うこと自体が目的化してしまうのが
戦争ということなんでしょう
著者の野心(いや、意欲?)は大いに評価するのですが、それを「小説という作品」に昇華
するという意味合いではもう一声期待したいところであります。
「となり町戦争」 三崎 亜記 ★★★
この組み合わせを思いつく人がどれだけいるのだろうか。
詩的でありそれ以上に哲学的であり。
判っていたつもりのことが、実はなにも判っていなかったということにも
気づかされます。
街の音が聞こえてくるのに、静謐な「しん」とした世界。
「猫の建築家」 森 博嗣 ★★★★
最近食指の動く新刊がないので、「そのうち読もう」と思っていた
この作品を。
死んだ人がある日突然蘇る(=黄泉がえる)という難しい設定ですが、
それによって起こる様々な問題や感情なども上手く展開しています。
ラストはどうするつもりなんだろう…と思いながら読みましたが、すごく
うまくまとまっていると思います。SFの設定をベースにしていますが、
これは喪失と再生の物語なのではないかと、そう思います。
説明されないままに残されたところもありますが、それが「消化不良」
ではなく「上質の余韻」として残るのが上手いなぁ。
正直、文章で「あれ?」と思うところがなくもないですが、なかなか良い本だと思います。
「黄泉がえり」 梶尾 真治 ★★★★
ただ、賛否の分かれるところかもしれません。
基本的に詩的な展開で、設定やストーリィがすべてきちんと辻褄が合っている
ものが好きなひとは、ちょっと消化不良に思うかもしれません。
ひとつの遊園地を舞台に、自分の居場所を作りきれない人たちが迷い込んで
きますが、この著者の紡ぎ出す世界は、なにかがすこし歪んでいて、
あるかなしかの微妙な違和感、なんとなくしっくり来ない、
それなのになんとなく落ち着いてしまうようなそんな雰囲気で、
不安に安住する心地よさみたいで、
そしてそれは、読みやすいのだけれどなにかが引っかかるように組み立て
られている文章に如実に表れていると思います。
著者が歌人だからだろうかこの文章は。
まあ文章はあくまで表現だから、そう表現させる何かがあるのだろうけれど。
面白い作家です。
あ、「あとがき」が、きらきらした小品にまで昇華されています。
ほんとに美しい。
ため息が出るほど美しい。
(文庫化にあたり改題されたようです。単行本時のタイトルは「長崎くんの指」)
「水銀灯が消えるまで」 東 直子 ★★★★
全く知りませんでした。
地上の楽園とも言われるフィジーですが、そころには先住民である
フィジー人と、奴隷として連れてこられたインド系移民が混在し、
そしてその両者の間にはやはりどうにも埋めがたい価値観や習慣の違い、
そして心理的反発があるのでした。
そこに日系移民も絡んでストーリィは展開していきますが、はっきり
言ってさほど壮大な話ではありません。しかし地味な問題をとても
うまく展開していると思います。
幸せとは何か。
お金も便利な道具も生活インフラさえ整っていないのに幸せに暮らしていたフィジー人。
苦労して苦労してお金と生活を手にして、それでもどこか不幸そうなインド系移民。
だからやっぱり幸せにはお金なんて必要ないのよ! なんて安直な結論を出せないくらい、
丁寧に描かれているのが良いと思います。
地味な作品ですが、良い作品だと思います。
「真夏の島に咲く花は」 垣根 涼介 ★★★
そのことについて賛否両論あるようですが、私は良いんじゃないかと
思いますけどね。
差別問題がテーマですが、自分よりほんの少し上の世代で、もちろん
地域性なんかもあるとは思うけれど、これほどまでの差別があったと
いうことに驚きます。
実体験だけあってか、等身大の目から見た「差別」というもの、普段は
意識することはなくても、確実に自分の意識の中に巣くっている
「差別意識」などがしっかりと描き出されています。
事実と同様のハッピーエンドを望む人が多いみたいですが、
それはこの本を読むことによって抱え込んでしまった「心の重荷」から
解放されたいだけなのではないか、と感じてしまうのですが。
「めでたしめでたし」で終われば、あとはすっきり忘れられますからね。
「差別を乗り越えた!」という結末であれば、流した涙も爽快です。
しかし現実は人の心の中に巣くう「差別意識」はそんな甘いもんじゃなくて、ずたずたに
傷ついたり周りを巻き込んだり、10戦して1勝しかできなくてもそれでも戦い続けて、
その1勝1勝を積み上げていくしかなく、
そして誰もが傍観者でいることは許されないのだ、という力強いメッセージなのではないかと
思うのです。
見たくないからといって目をつむっても、それが社会から消えてなくなるわけではない
のだから。
「太郎が恋をする頃までには…」 栗原 美和子 ★★★★
ああそういえばこの著者は「ボトルネック」が素晴らしかったなぁ
と思いだし、読んでみることにしました。
やっぱりこの著者、文章がすごく上手い。ものすごく上手い。
ストレスなくさくさく読めます。
東京で仕事に挫折して田舎に戻り、犬探し専門の調査会社を設立したの
だけれど、人捜しの依頼が舞い込んで…というミステリーです。
正直に書いてしまえば(私には)「ボトルネック」ほど強い
インパクトでもなくミステリーとしても「ほう!」と思うようなものでも
ないのですが(いや、ミステリーをそんなに読んでるわけでもないので
アレですが…)、
とにかく文章が上手いのと、構成。ネットでチャットしているときの表現とか、キャッシュ
から過去ログをサルベージすることろとか、いろんな要素が上手く構成され、無理と無駄のない
文章で綴られているところが秀逸です。
そしてこれは「ボトルネック」と共通しているところですが、
「強烈かつ独特の読後感」
この著者の魅力はこれに尽きるとおもいます。
「犬はどこだ」 米澤 穂信 ★★★
たしかにこの著者にはタンゴの、暗い、抗い難い情熱とリズム、その底に
巣くう孤独みたいなものが良く似合う。その孤独は逃げることはおろか、
どうしても自ら絡みとられにいってしまうようなもので。
そしてそれは決してフラメンコではなく。
また、すこしゆがんだ愛の形とか、屈折しきれないビミョーに折りたた
まれてしまった心理なんかを表現するとやっぱりピカイチですね。
ひとつ、猫の短編があって、どういう巡り合わせか愛猫をなくした直後
(翌日)に目にしてしまい、目を通し始めて「これはマズイ」と思った
もののもう既に読むのも止められず、参りました。
「猫にはにんげんが泣いているとき、その涙を自分のからだに吸い取って、
悲しみを分かち合うことしかできないのだ。」(「ドブレAの悲しみ」)
「サイゴン・タンゴ・カフェ」 中山 可穂 ★★★
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