bookshelf 『ツアー1989』 中島京子 忍者ブログ
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c1760a2b.png  なかなか面白かった。個人的には「平成大家族」より良かったように思う。

 ツアー客の一人が迷子になる、という香港ツアーで迷子になってしまった
 ひとりの青年を巡り、彼が想いを寄せいていた女性、一緒にツアーに
 参加した会社員、添乗員、そしてライターとしてこの「迷子ツアー」を
 追いかける青年、それぞれの立場で「迷子になった彼」を、いや、

 正確に言えば「忘れてしまったこと」「置いてきてしまったこと」
 「憶えておかなければならないこと」を探る連作。であると私は解釈した。

 1989年といえば昭和から平成へと時代が移った年で、ほかにも天安門事件
 やベルリンの壁の崩壊と大きな出来事が多かった年ですが、日本はバブル
 経済ただ中で、そろそろバブルもやばいんじゃないかと言われつつも、
 今日と同じ明日を信じていた頃ですね。

 バブルというあの一種の狂乱の時代を中国への返還直前の香港に重ね、そこに
 「迷子として置いてきた青年」。つまりバブルの時代から次の時代に移る段階で、みんなが
 何かを置き去りにしたのかもしれません。

 そして置き去りにした「なにか」は勝手に自己増殖を始める。エピソード3の「テディ・リー」
 もその一種なのでしょう。自分でいくら日記を書き直しても、もう彼女(の記憶の範疇)では
 手に負えない。

 「迷子を見かけたら、帰り方を教えてあげること」

 本当の自分なんてものはどこにもなくて、知らない地で見つけられるもんなんかでも
 さらさならなくて、それはあるとしたら本来自分が在った場所、日常を築いた場所にしかない。

 もしかしたらあそこに置いてきた、落としちゃったのが本当の自分だったのかもしれない
 なんてことはない。

 もっと言えば、「本当の自分」というのはどっかに落っこちてて見つけられるものなんかじゃ
 なくて、「何かを置いてきた自分」もひっくるめて「自分で創り上げていく姿」だということ。

 ミステリぽい構成をとっていますが、とても不思議な世界を構築しているところがなんとも
 惹きつけられます。おもしろい作家です。 
 ただ、あんまり優しくない(懇切丁寧に説明してはくれていない)ので、好みの別れる
 ところでしょう。


ツアー1989」 中島 京子 ★★★★
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