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本はごはん。
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2c608301.png  とても三崎亜記らしい短編集。

 この著者が描き出す世界は、何かひとつ、それも強烈なものが
 紛れ込んでいて、その不思議な融合が著者独特の世界となっている
 ように思う。

 この短編集ではそれが、台風のようにやってくる「鼓笛隊」であったり
 公園でよく見かける象の滑り台が「ホンモノの象」であったり
 「覆面」を被って生活する事が許されている世界であったり。

 しかしそれらがメタファーするものはすべて我々の日常にあるもので、
 それを強烈な事象に置き換える事によって鮮明にしているのだと思います。
 それは2編目の「覆面社員」などにとても判りやすく現れているのでは
 ないかしら。
 
 自分たちが当たり前だと思っていた社会のシステム、それどころか自分の記憶や存在までもが、
 「単に無条件にそう信じ込んでいるだけなのでは?」と問いかけられているようにも感じます。
  
 好き嫌いが分かれるところかもしれませんね。


鼓笛隊の襲来」 三崎 亜記 ★★★★
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b68867df.png  うーむ。どう書けばいいのか難しい…。

 SFと言っていいのかな。事故で妻を亡くしてから、(自分自身を除く)人の
 背後霊が見えるようになってしまった主人公。人捜しを頼まれて、思いも
 よらなかった事件に巻き込まれていくというものです。

 ちょっと都合が良すぎるかなと思う部分もないではないけれど、冒頭から
 中盤くらいはすごく面白くて、ぐいぐい読みました。ただ、「怪しいカード」
 がでてきたあたりからちょっと…。

 まあ背後霊が登場するんだから、「人外のもの」が出てくるのも
 ありなのかもしれませんが。

 この作品は長編なんですが、たとえば連作短編にして毎回ちょっとした捜し物、
 尋ね人を頼まれて、その過程で人々の感情の機微とか想いとかさりげない優しさ
 みたいなものを少しずつ少しずつ分けてもらうことによって、妻を失った傷心を
 時には抉られまた時には慰められ、

 そうして連作最終回にこの作品のオチを持ってくるとか。そういう構成が良かったんじゃ
 ないかなあ。

 そんな風に連作の中で少しずつ展開していけば「都合が良すぎるのでは」と思えてしまう
 元売れない歌手のホームレスの躍進とか子供の探偵助手とかも、もうちょっとスムースに
 入ってくるように思う。

 すごく良いのになぁ。エッセンス(プロット)や、双子設定とか熊本城の素人絵描きなど
 の伏線の貼り方もすごくいい。
 特に「自分の背後霊は見えない」というのは、最後に「なるほど」と思わせる。

 それだけに強引さを感じる展開がちょっと残念。


精霊探偵」 梶尾 真治 ★★★
0de353b7.png  「熊谷達也」が著した「特攻もの」。
 この組み合わせで期待せずには居られようか。…しかし。

 特攻と言えば零戦、そして回天をすぐに思い出しますが、あまり知られて
 いない「伏龍」をメインに持ってきたのはすごく良いと思います。
 
 伏龍とは、機雷をつけた棒を持って海中に潜み、敵の船がやってきたら機雷を
 爆発させる特攻ですが、機雷を爆発させた本人はもちろん、周りに展開して
 いる特攻仲間も爆死するというとんでもないものです。

 飛行機乗りを目指して予科練へ行ったものの戦況の悪化、飛行機不足でこの
 伏龍部隊に配属された若者が主人公です。

 軍隊の理不尽さ、不利な戦況、特攻で死ぬ事への迷い、不安、恐怖。
 そういった事々が丁寧に描写されているあたりはさすがに熊谷達也。しかし。

 若い世代の人たちにも読んで欲しいという意図からかもしれませんが、主人公があの時代の人に
 してはちょっと幼すぎる感が否めません。特に主人公の胸中を描きこんだ様々な場面は、まるで
 「今時の若者」です。
 
 確かにあの時代の青年達にも青年らしい感情はあったと思うのですが、それにしてもあまりにも
 薄っぺらい。時代が戦争へと、否応なく「死」を、それも自ら選んだ死を見据えた短い生を
 生きざるを得なかった彼らの、怒り、哀しみ、苦悩、願い、祈りは、もっともっと深いもので
 あったと思うし、それを描き出して欲しかった。
 
 なんというか、判りやすく今時風に表現するとなるとこうなるのかもしれませんが、それは
 ちょっと違うんじゃないか。彼らの心理を出来る限り忖度してそのまま表現するべきじゃ
 ないのか。それを知るべきなんじゃないか、たとえ小説だとしても、と、私は思う。

 それは恐らく今の一般的な心理では理解できない部分もあるんだと思うけれど、それが「戦争」
 というものなんじゃないか、つまりは彼らの「生」というものをもっと真正面から描き出して
 欲しかったと思う。

 好きな作家だけに、ちょっと残念。
 青春小説だと思えばいいのかもしれませんが。

群青に沈め」 熊谷 達也 ★★★
7fa7acfd.png  「人形愛」がテーマというか、人形を愛さずにはいられなかった
 人たちを描いた短編集。

 叔母から譲り受けた、涙を流す人形に自分の怒りややるせない想いを
 ぶつける少女や、自分の残念な容姿を贖う代償行為のように人形を
 着飾らせる少女、失くしてしまった世界と大切な人を人形に再現する
 女性など様々なのですが、

 著者自身があとがきで、自身が容姿に対するコンプレックスを持って
 いたのがこの本の発端、と言うようなことを書いていますが、誰もが
 抱える心の隙間、漠然とした不安、寄る辺の無さみたいなものを、
 無意識に人形で埋めようとした人たちの話なのだと思います。

 誰もがいろんな手段でその「隙間」を埋めようと足掻いているものに加え、
 短編の殆どの主人公が少年少女期から思春期にあり、その時期特有の「残酷さ」
 「傲慢さ」「不器用な優しさ」などが上手くミックスされていると思います。

 とても好きな作家だしホンモノだと思うのですが、なにか著者自身がブレイク・ポイントを
 掴み損ねているような感がするんですけどね…。つまりは、もっともっと描けるんじゃないかと
 勝手に思ってるんですが。売れる売れないと言う意味ではなくて、はじけて欲しいです。
      
  
ぽろぽろドール」 豊島 ミホ ★★★
01ce2842.png  ミステリになるんでしょうか。

 弁護士の妻が惨殺され、犯人として逮捕された男は強姦は認めたものの、
 殺害は否認。被害者の弁護士の知人であるのに、加害者の弁護に関わら
 なければならなくなってしまった弁護士見習いが主人公です。

 決して読みにくい文章というわけではないのだけれど、なんというか良く
 言えば完結、悪く言うと含みのなさ過ぎる文章。業務文章を少し膨らませた
 感じ。たぶん著者には、良くも悪くも「ロマン」という観念? 感覚? が
 あまりないのかもしれない
 (必ずしもそれが悪いということではないのだけれど)。

 なので、つまりはロマン含有率が低いので、女性の描き方がものすごく
 ストレート。とりあえず(女性の外見を)なぞるあたりとか。

 この感じ、何かに似てると思ったら、「プラハの春」。そういえば「プラハの春」の著者も
 元外交員だったっけ。「小説」じゃなくて「説明(文書)」に感じてしまう…。

 だからなのか、愛憎を巡る部分での描き込みというか表現が充分ではないように感じる。
 事件で心に傷を負った人の感情面が表層的というか。だからいろいろ考えさせられる「要素」は
 たくさんあるのだけれど、心にずしんと響かない。勿体ない。

 例えば被害者の弁護士、彼は妻が殺されてしまった事によって死刑廃止論者から死刑存置論者へと
 変遷してしまいますが、彼の心情をもっと丁寧に描き込めば、死刑制度存続の是非について、
 読者にもっと考え込ませる事が出来たのではないかと思うのです。

 笛木があっさり証人に立つのも小説としてはちょっと安易すぎ。自分の将来を棒に振ってまでの
 行動に至る心象が全く描かれていない(故人をそれだけ愛していたという一言で終わりって…)

 タイトルの「死刑基準(死刑の基準は何か。殺した人数か?)」とか、死刑廃止 or 存続とか、
 犯罪の加害者と被害者に対する国の支出額の大幅な乖離(被害者に対する支出は加害者に
 対するそれの2%しかない)とか、

 現状の様々な問題提起がされているのはとても良いともうのですが、どれも尻切れトンボで
 終わってしまっているように感じるのは私だけでしょうか。特にタイトルにもなっている
 「死刑基準」については、真犯人の可能性が浮上したと共に消えてしまったような。

 法廷のシーンはとても面白く読みました。弁護士と検察の戦いというか駆け引きが(小説とはいえ)
 解説付きで垣間見られたように思います。

 あと、これ読むと裁判員制度が心配になります。弁護士は被告人に対し、必死に教育するわけ
 です。心証を良くするように。反省しているように「見せる」ように。検察はそんな化けの皮を
 引っぺがそうとしますが、必ずしも上手く行かない時もあるんじゃないか。

 弁護士とか検察官とか裁判官とか所謂プロは、そういう小細工も少なくとも一般人よりは
 見通せるかもしれないけれど、一般人が任命される裁判員は?

 また、弁護士を初めとするプロは自分の感情と切り離して客観視する訓練が一般人よりは
 出来ているかもしれないけれど、一般人が任命される裁判員は?

 表面的な態度や言葉に左右されず、かつ、客観的な判断を、それも極刑が、人の命がかかった
 場面で(自分も含め)裁判員はできるんだろうか?

 それともそんな「ブレ」もひっくるめて「裁判員制度」なんだろうか?
 「法の下における平等」に、その「ブレ」は抵触しないんだろうか?


死刑基準」 加茂 隆康 ★★★
e61bcfbd.png  基本的に、現役バリバリ作家のアンソロジー物は敬遠していたのですが、
 沢木耕太郎、有川浩、米澤穂信、さだまさしの名前につられて手に取って
 しまった。

 全体通して悪くはないです。そう、悪くはない。

 有川浩の「作家的一週間」については、冒頭すごく面白いと思ったのだけれど
 読み進めるとちょっとトーンダウン。彼(の作品)に対する期待値が知らず
 知らずのうちに上がってしまっているのかもしれない。

 個人的には米澤穂信の「満願」がとても良かった。
 60ページ強の作品ですが、詰め込みすぎず薄すぎず、また展開も見事だと
 思います。文章は言わずもがな。うまいなぁ、と思う。

 佐藤友哉(「555のコッペパン」)は初めて読みましたが、面白い作家ですね。
 独自の世界観。あの事件の犯人がモデルかなと思うんですが、背景説明が殆どないのに読めて
 しまう。何となく解決したけれど謎は残る、その余韻加減が絶妙。タイトルの意味は?

 残念なのはさだまさしの「片恋」。なんとも勿体ない。これは長編できっちり書き上げるべき
 テーマかと。中編程度の紙面では描き出しきれずむしろ、詰め込みすぎの感を与えてしまうと思う。
 途中の主人公の心情表現でも、ちょっとくどく感じるところも。

 自分の関わっているメディアというものに対して抱えてしまった不信感や不安感、
 悪意の不在と愛の不在、このあたりはもっと整理してかつ深く展開するべき要素なのではないか
 と思うし、さだまさしならこのあたりも描ききるだろうと思うので。

 ただ、ストーカーに対してもこういう描き方になるところが何とも「さだまさし」らしいなぁ、
 と思います。この人って、この世に根っからの、本当の「悪人」はいないと、心から信じて
 るんじゃないのかな。

 あ、湊かなえ(「楽園」)って思ってたほど悪くないんだな、と思いました。
 (すいません何故か勝手な先入観を持ってました)。


Story Seller〈3〉」 新潮社ストーリーセラー編集部 ★★★
cdda9061.png  ミステリ、ですね。

 パラレル・ワールドと言って良いのかな。
 この小説の世界は、我々が住む世界ほどには宇宙開発技術やIT関連技術は
 進んでいないようですが、そのかわりと言って良いのか、
 「月導」と「月読」というものあがあります。
  
 「月導」とは、死んだ人が残した「想い」のようなもの。人によって、
 オブジェや絵画になったり、また匂いや風になったりするようです。
 そして「月読」は、その「月導」を、死んだ人が残した最期の想いを
 読む人です。

 婦女暴行事件や殺人事件、高校生たちが抱えた親子関係に関する葛藤、
 そして「月読」。

 ミステリだからなのか、若干、事件が多すぎるような気がしないでもない。
 多くの事件が最期に全部繋がってぱたぱた解決ちゃうと、「都合良すぎ」になるリスクがある
 けれど、それを直前で上手く回避していると思う。

 同時に、高校生達が抱える「所在なさ」みたいなものや、「そこに意味なんてあるのか」
 という命題を上手く絡めていると思います。
     
 「意味、なし」と言い続け、同級生の自殺にも興味を示さなかった高校生が最期に月読に
 自殺した同級生の月導を読んで欲しいと頼みます。つまり、意味を知ろうとします。
 彼の死を受け止められるかどうかはわからないけれど、それでも意味を知ろうとするまでに、
 彼は事件を通して成長したという事なのでしょう。
  
 「月読」が万能ではないところ、そして死んだ人が最後に残したメッセージが必ずしも
 残された人にとって納得できるものばかりではない(それは借金から逃げ出した挙げ句の死
 であるのに、残してきた妻子の事ではなく猫のことを心配していたりなど)、というところが
 秀逸だと思います。

 続編があるらしいのでそちらも楽しみです。


月読」 太田 忠司 ★★★★
b3617887.png  主人公は総合病院に勤務する医療ソーシャルワーカー。
 彼女の元に、様々な人たちが相談に訪れます。
 
 夫の事業が上手くいかない中で難病に罹ってしまった子供を持つ母親。
 子供の東大受験を控えて夫が倒れてしまい、夫を療養施設に委ねることしか
 頭にない妻、
 身体の自由を奪われて自暴自棄になる男性、
 誠実に生きてきたのに未婚の身で子宮体ガンに罹患してしまった
 キャリア女性。
 
 そして。
 老齢に達し、家族からも戦友からもひとり取り残されてしまった孤独な老人。
 
 そんな様々な事情を聴き続ける彼女のシンプルでちょっと面倒なプライベート。
 
 生物である以上等しく逃れることのできない「死」というもの。
 でもそれと対峙するタイミングも対峙の仕方も周りの人たちの反応もそれぞれで。
 
 以下ネタバレになりますが。
 孤独な老人が迎えた最期のときに還っていった先が、戦争のそのときであったということが
 なんとも切ない。
  
 そしてその死の前で、自分達の無力さに打ちひしがれる残された人びと。
 
 でもそうして人は生きていくしかないのかもしれない。
 
 「現代」の抱える病巣を鮮やかに、そして悲しく描き出している佳作です。
 自分の最期に思いを馳せずにはいられなくなります。
    
  
人は、永遠に輝く星にはなれない」 山田 宗樹★★★★
fdba6ee9.png  直木賞受賞作ですよね確か。直木賞は芥川賞よりも(私的に)はずれが
 少ないと感じているので読んでみます。

 利休が切腹を命じられた日から、過去に遡って様々な人の目を通して、
 利休という人を描き出していく手法で、この構成はかなり好みなのですが。

 ひとりひとりに割かれているページは30ページ程度なので読みやすいと
 いえば読みやすい。そして古い言葉や茶の道の専門用語をふんだんに使って
 いるんですけどもなんだか厚みを感じないのも私だけかしら。
 なんというかもうすこし深みを…と思ってしまうのです。

 「美」というもの、俗世の「欲」というもの、「支配」という(感情面での)
 システムなど、感じるものはないでもないのですが、少し冗長というか、
 エピソードが多すぎて拡散気味な感じがするんですよね…。
      
 なんというか、利休っていうのはすごい人だってことを「知っている」前提で書かれている
 というか、この本読んでも利休のなにがすごいのかよく判らない。いや、美意識がすごい、
 とは繰り返し何度も書かれているのだけれど、その「美意識」の、どこがどんなふうに
 「突き抜けている」のか表現し切れてないように感じるのです。

 以下ねたバレを含みますが、
 「そのとき」死に切れなかった利休は結局、最後のときですら香合を壊すこともできない。
 
 彼に自分より愛している人の存在があることに気づきながら、結局最後までそのことを質すこと
 のできなかった妻が、躊躇なく香合を叩き壊す。
 
 この対比が男と女というものを鮮やかに描き出していて面白い。

 ただ、全般的に私はあまりピンと来なかったというか、悪くはないんですけどね…。
 超個人的感想として、井上荒野の「ベーコン」と非常に似た感覚。井上荒野は好きな作家
 なんだけど、なぜベーコンで直木賞なんだ、という感じ。
 あ、尖ってないから直木賞なのかな。
 
  
利休にたずねよ」 山本 兼一 ★★★
5ee5ef7b.png  ある地方都市を舞台にした連作短編集です。

 その町で暮らす様々な人たち、

 たとえば妻子を連れて故郷へ帰ってきた男、
 たとえば親の燃料店を継いだ、家庭に問題を抱える店主、
 たとえば職安の職員など、

 市井の人々の日常から、その人の人生を切り取っています。

 1編1編はとても短いのですが、とても鮮やかに様々な人たち年代の人たちの
 人生が鮮やかに描き出されているところが見事です。

 この本に収められていつるのはこの町の冬から春の季節で、もうすぐ夏、というところ
 で終わっているのですが、解説を読むと本当はこのあと夏から秋へと物語は続く予定で
 あったものが、作者の自死によりここで終わっているようです。

 いろんな人生があって、
 いろんな痛みや怒りをかかえて、
 勘違いした幸せに逃げてるひとや、
 自分の過ちに気付かないひとなど、
 それこそ様々な人生でありますが、

 そのどれに対しても作者の目は等分であるようにおもいます。

 個人的には1編目が、まるで
 死を予感していながらもそれを受け容れるしかないかのような、
 そしてその前ではひとは、なんとも無力なものでしかないとでも言っているかのようで、
 静かだけれどとても強い印象を受けました。
  

海炭市叙景」 佐藤 泰志 ★★★★
d41ba23e.png  読む度に、ううむなかなか良い作家であると思うのだけれど、
 なんだかちょっと私には合わないような…と思っていたのが
 この作家なのでありますが、これはとても良い作品でありました。

 前半は不倫相手の子供を誘拐し、4年間にわたり逃亡しながらその子供を
 育て続けた女、そして後半はその子供が本当の家庭に戻されてから、家族や
 自分の過去や、そして自分自身を受け入れていくまでが描かれています。

 恐らく「あの事件」がプロットなのかなと思います。「あの事件」について
 は私も思うところがあるものの本題とは関係ないので割愛しますが、

 この作品はそういう「すぐに想起できる実際に起こった事件」とか
 「不倫」とか「誘拐」とか、そういった目先の事象に目が奪われると
 本質が見えなくなるかもしれないなぁと思いました。

 つまり、著者が問いかけているのは「不倫」や「誘拐」の是非などではもちろんなくて、

 誘拐されていた間の、慎ましやかだけれど自然と人々の情と保護者の愛に包まれた生活。
 本当の家庭に戻されてからの、育児放棄と過干渉の間を行ったり来たりするような不安定な愛を
 一方的に押しつけられる家庭環境。

 今も昔も、結局困難があれば逃げてしまう実の両親。
 昔の生活に帰りたいと切望しながらも、過去の生活も現在のそれも憎む事によってやっと自分を
 支える成長した彼女。
 
 親を選べず、生まれてくる子も選べず、
 それなのに生れ落ちた瞬間から否応なくはめ込まれる「家族」というもの、
 
 その「家族っていったい何?」ということこそが、著者の問いかけなのではないかと思うのです。

 母親のことを好きかどうか訪ねると彼女の友人はこう言うのです。
 「好きとか嫌いとかない。母親は、母親」

 必死に愛そうとしたけど愛せなかった。だから自分を保つには(実の家族も誘拐されていた間の
 偽造家族も)憎むしかなかった。
 友人の言葉はそんな彼女に、新しい家族関係の可能性を示しているように思います。

 そして自分を誘拐した女の最後の言葉を思い出す事によって、そこに戻りたいと願っていた
 自分(=そのままの自分)を肯定することが出来た彼女は、これから新しい「家族」を
 築き上げていくのだろうと思わせます。

 スピード感と緊迫感溢れるイントロダクションが特に見事です。
 「家族」というものを「女の側」から見た佳作だと思います。
 
 
八日目の蝉」 角田 光代 ★★★
fb9545ed.png  タイトルそのままの内容です。

 製縫工場を経営していたものの経営に行き詰まり、金策に四苦八苦している
 ところに妻が癌に冒されてしまいます。

 入院を拒む妻を連れて、ふたりの、車での放蕩生活がはじまります。

 それは何かから、

 借金とか、
 途中で放り出してしまった自己破産の手続きであるとか、
 妻の病気そのものとか、
 再発への怯えとか

 そう言ったものからの逃避であるようにも見えますが、

 一方でそうしたものから逃避することによって、はじめて妻ときちんと向き合え
 たのかもしれません。

 一般論的には、ちゃんと自己破産して妻を病院にいれるべきだったのかもしれません。

 工場が上手くいかなくなった時も逃げてばかりいないで、つまらないプライドなんて
 かなぐり捨てて再起を図ればよかったのにとも思います。

 第三者がそう思うのは簡単ですがしかし、このように妻と最期の時まで過ごすことの方が、
 実は難しいことなんじゃないか、とも思うのです。

 こんな時代じゃなければ、あと10~20年前であれば、そんなに大儲けはしなくても
 安泰に人生を終われたのかもしれません。

 映画化されるようで本の帯に

 「この生き方が間違っていたとは言えないし、正しいとも言えない」

 という主演の三浦友和氏のコメントが載っていますが、まさしくその通りだと思います。

 著者は文筆家ではないのに、現在と過去を織り上げるように紡がれた展開が
 とても美しい作品です。         

  
死にゆく妻との旅路」 清水 久典 ★★★★
d647b42e.png  「虐殺器官」と緩く繋がっているとも言える本作。

 虐殺器官より更に未来。現在のAR(拡張現実)やウエアラブルコンピュータ、
 または最先端医療などが更に発展していった先には、このような未来も
 あり得るのかもしれないと思わせる見事な筆力。

 その未来は、健康体を維持することが高い価値を占めている社会。
 コンピューターで自分の健康状態もリアルタイムにチェックされ、
 自分の「社会的評価を含めた個人情報」が見事に開示された社会。
      
 そんな社会は息苦しいと、抵抗を示す少女たち。
 私の肉体は私の物だと叫ぶ少女たち。

 「虐殺器官」に私は、

 > 言葉と肉。罪と赦し。生と死。遺伝子と魂。手応えのない生に、ありふれた死。
 > 一人歩きをはじめるシステム。ぶつかり合う正義。
 
 と書いたのですが、非常に似たテーマを扱っているように思います。
 というか、同じテーマを反対側から表現しているのかもしれない。

 「虐殺器官」は「(誰かを)守るために(誰かを)殺す」
 「ハーモニー」は「(自分を)守るために(自分を)殺す」

 向きは反対だけれども両者は基本的に同じなんじゃないだろうか。
 そしてどちらの物語でも、大多数のひとたちは現在の自分の環境に甘んじて「幸せ」を享受する。
 その幸せの裏にある「犠牲」は見なかった事にする。

 そもそも「幸せ」とは何か。
 「幸せじゃない状態」があるから「幸せ」もあるのかもしれない。
 「不幸」もないかわりに「幸せ」もない世界。それを「幸せ」と定義する事だってできる。
 つまり「絶対的な幸福」というものは存在せず、すべては主観の問題なのに、一人歩きを始めた
 システムがそれを決めてしまう。それにすべてを委ねていつの間にか自分で考える事を放棄して
 しまう人々。その究極のかたち。

 「虐殺器官」で非常に印象的だったセリフ、

 「肉体がDNAの支配から自由ではいられないのに、なぜ心はDNAから自由だなんて
  信じられるんだ?(要約)」

 長い年月をかけて肉体を環境に適応させ、そしてある程度の医療技術も進歩した現在、
 DNA が本格的に心に介入する段階に入ったのかもしれないとすれば、このあと人間は
 どのように変遷していくのであろうか。

 更に。
 
 池澤夏樹「キップをなくして」では「死」について、
 
 「人の心は、たくさんのちいさな魂の素みたいなものが集まってできていて、
  学級会のようなものを開いて、ひとの行動を決めている。死ぬとそのちいさな魂の素
  みたいなものはばらばらになって、そのひとの人格(魂)は薄れていく(要約)」
 
 浅倉卓弥「君の名残を」では武蔵の死の場面で、
 
 「武蔵はすでに自分の形すらなくしていた。己の名さえ忘れたそれは輪郭を失い周囲に溶けて
  いく。そして傍らの同じ何かと彼我の境なく交じり合い、仄白い川に同化した(要約)」
 
 と描かれています。

 仮に「死」というものを上記のようなものだと定義した場合、この「ハーモニー」の、
 「自意識を失うこと(=魂を失う事)」によって完全に調和された世界に生きるひとたちは、
 果たして生きていると言うことができるのでしょうか。
 
 もしくは完全なるハーモニーは死によってしかもたらされない、ということなのでしょうか。

  
ハーモニー」 伊藤 計劃 ★★★★★
df5a5b0c.png  久しぶりに森作品。ミステリですね。      
 高校生である主人公の友人が、主人公の名前を彫り込んだプレートを残して
 死にます。主人公は以前その友人から貰ったもらったものの未開封だった
 手紙を思いだし、そこから事件が展開していきます。

 基本的に森作品は好きなのです。大好きなのです。しかしこの作品は…。
 やっぱり「ミステリそのもの」を楽しむ作品なのだろうか。確かに展開とか
 構成はすごいなぁと思うんですが。

 何というか著者独自の視点というか、視座というか、そういう面でちょっと
 物足りないと思うのは贅沢なんでしょうか。

 ミステリじゃなくて、大人と子供の狭間で揺れ動く中高校生男子を著者が
 描いたら、良い意味で「青春の門」なんかとは真逆の青春小説が読めるん
 じゃないかと期待してしまうんですが。
     
  
もえない Incombustibles」 森 博嗣 ★★★
66a1206a.png  この著者は2冊目なんですが、やっぱりいいですね。

 うじうじした学生の青春小説連作です。余談ですが、イマドキの学生って
 こんな感じなんだろうなぁ、というのがよく判ります(うじうじ、という
 ことではなくて)。

 大学生になれば何かが変わる、道が開かれる、何かを得られる、何者かに
 なれるなんて思っていたのに、気がつけばさえない日常。
 それぞれがそれぞれに悩みを抱えて、うろうろするしかない毎日。

 特別になりたいけどなれない。
 特別になろうとしても、いざとなろうとすると怖い。
 
 しかし連作短編を読み進めれば、そんな彼女を眩しく見ている人もいる。
 このあたり、連作というスタイルをとても上手く活かしていると思います。

 この作家は将来もっと面白くなりそうだ、と思っていたのですが、現在は作家活動を休止して
 いるようですね。いつかまたこの道に帰ってきて欲しいと思います。というか、彼女の「業」が
 本物であれば、必ず帰ってくるのでしょう。 


神田川デイズ」 豊島 ミホ ★★★
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